文人墨客のサロン「百花園」。
向島百花園は仙台出身の骨董商、佐原鞠塢が「多賀屋敷」と呼ばれていた土地を入手し文化2年(1805年)に開園した庭園で360本もの梅の木を植えたことから「新梅屋敷」「花屋敷」とも呼ばれていた。文化6年頃より「百花園」と呼ばれるようになり、江戸時代には文人墨客のサロンとして利用され「百花園」の命名者である絵師酒井抱一や門の額を書いた狂歌師大田南畝らが居た。当初は梅園として営まれたが園主や文人たちの構想で詩歌にゆかり深い草本類を多数栽培し園内には多数の野草が植えられて特に秋の七草その他、秋の草花の美しさで知られた。また池泉、園路、建物、30余基の石碑などを巧みに配した地割でも有名。
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